選ばれなかった私に。

たまった思いを淡々と。

君は身勝手で自由を知らない

曇り空を見ればなんとなく憂鬱になって
けれど晴れて肌が焼けるくらい暑い日は、
もう少し曇ればいいのに、と勝手なことを思う私だった。


足早に大勢が行き交う朝の駅で、誰のこともひどく遠く感じる。
すれ違う人は全く他人で、いてもいなくてもそれが誰であっても構わない、無関心の集合体。
でもそれが救いになることもあった。

誰かと喋ることが億劫だったのは、
自分のつまらなさを隠したかったから。
楽しくなりきれなかったのは、
途中でふと自分を俯瞰してはなぜか虚しくなったから。


駅のホームで電車の列を眺めながら、どこか遠くにいってしまいたかった。
やりきれないくらい時間が遅く流れる日がたまにあって、
そんな日に限って、
立て続けに赤信号に捕まって、電車を観光客が占領し、目の前でカップルが急に立ち止まる。

そんなつまらないことで、耐えられないなって思って、それでも結局は耐えられてしまう自分が、かなしかった。

熱があればすぐに休む同僚のことが本当は嫌いだ。
熱があっても我慢して来て、
でも心のどこかで具合が悪いことを気づいてもらいたがっている自分のことも。

流れていく窓から見える景色を眺めては、
人が作ったものを消していった。建物も電線も信号機もぜんぶ消して、
最後に残った広々とした寂しい風景を、私だけが美しいと思った。



マンションのエレベーターで押すボタンはいつも同じで、
すぐ上の階にすら降り立ったことはない。
知らなかった場所に行くには、
ただボタンを押すだけでよかったのだと、長い間、気付かなかった。

できれば道端の石になりたい

夕飯につくった茄子の味噌炒めの味が濃すぎて、なんだか泣きたくなるよ。

何に対してもちょうどいいバランスが分からない自分のことを、見放してしまいたくなる。


客観的に、なんて、難しいことを言うね。


いつまでも主観は切り離せずに、私の中心は私であり続けた。
「自分は主人公になれない」だなんて台詞、冗談じゃない。

脇役でいいからと訴えても、せめて退場したいと願っても、いつだって世界は私を中心に回り続けた。


君の気持ちだって、私には永遠に分からないよ。

でも、
あの電信柱の影が寂しいと思ったことも、
君が何気なくそらした目をかなしいと思ったことも、
君が分からなくてよかった。

あの時の君の気持ちを、
永遠に分からなくて、よかった。


冷たくなりはじめた空気を吸って、
今日 誰かと交わした会話を思い出しては、もっといい言葉があった気がする。
それが正解かそうでないかを、
神様みたいな人が決めてくれたら少しは、救われるのに。


明日になればまた、
何気ない顔をして君に笑いかけて、
測れないと分かりきった君との距離を測ろうとする私のように、
君もそんなふうに苦しんでいればいいのにって、
ひどいことを思ったんだよ。

正しかったのは無関心でいられたから

誰かの悪口を聞いて救われたことがあるなんて、最低だね。


でもそんなふうにしか慰められなかったことを、
それでも後悔すらできなかったんだよ。


雨に濡れたアスファルトが、反射してキラキラ光るのが綺麗だって、
そう思うのと同じように、
君の瞳からこぼれた涙のこともキレイだって思った僕は、君のことなんてまるで思いやれなかったあの頃から、
どこかで大人のなりかたを間違えたのだとずっと思っていた。


僕は、

君が笑うのを見たかった。
君が泣くのを見たかった。
君の瞳が、僕を映したままで揺れるのを。


軽蔑されても、いいよ。


最低だねって君が言って、
僕を許すわけでもないのに、君が側に居続けてくれるなら、
僕が最低だったことさえ、それでよかったと思える。

正しくて誠実な僕であったなら、
君は笑顔のままで離れていったかもしれないとさえ、思えるから。


夕暮れに降った雨の匂いが好きだよ。
君への感情は、それに似ている。

つくりものだよって君は笑ったけど

あのテーマパークの雑踏のなかで、
絵の具を薄くといたような水色の空を見上げたことを、覚えている。
パレードの色とりどりの紙吹雪が、
何もかもを覆いつくすように舞っていた。


そこでは誰もが笑顔だった。
永遠のように鳴り響いていた音楽に、
まるで夢の中のように現実味をなくしていった。


とても楽しかったのに、どこかで締め付けられるような小さな胸の痛みを感じるのは、なぜだったのだろう。


パレードのダンサーはこぼれるような笑みを浮かべて、ずっとここで躍り続けていくように思える。
けれど家に帰れば疲れた顔で、ひとりお湯を沸かしているのかもしれない。


日常を忘却して、あの紙吹雪のようになにもかも覆い隠して、そこだけに存在する世界を作った。
そんなにも刹那的に、幸せだけを切り取って。


胸が痛むのは、いつか終わってしまうことを知っているから。


そうしていつまでもあの日の光景を再生しては、
すこしの悲しみとまざりあった、
幸せのことを思い出す。

土だけが残った鉢植えを

庭先に気づけば咲いていた朝顔の美しさが、自分のものにはならなかったように、
誰かの喜びは、自分の喜びにはならなかった。

かつて大袈裟に誰かを祝い、自分のことのように喜んでみせては、
同じように自分に返ってくると当たり前のように信じたことが、
このやるせなさの始まり。

誰も自分に精一杯になることはきっとあって、それはなにも恥じることではない。
むしろ恥じるべきはそれを悲しいと感じる私自身が、
無自覚に見返りを求めていたこと。

自分のことのように他人の喜びを感じれたことなど、
本当はなかった。


あの朝顔は人知れず庭の片隅に咲いて、そしてただ咲き続けた、
それだけだった。
いつしか萎れて色褪せた花に、
寂しさと美しさを同時に感じた。

あの花が咲いたとき、私は嬉しかったのだ。
私のためになにもしてくれなかったその花が。
そんな風に誰かにも思えればよかった。
なにも伝えなくともそっと大切にできるように、自分だけで思えればよかった。

あの朝顔は誰にも見られずにひっそりと枯れて、
私だけが花弁の青さを知っていた。

雨が降ればいつも濡れてしまうその肩

例えばそれは、穴のあいた傘。

誰かに差し出しても黙って首を振られるような。
君のやさしさは、いつだってそんな風だった。


君は、君自身を削って分け与えることが誠実だと信じた。
けれど全てを与えきれない自分のことを、君は許せなかった。



君のやさしさを思うとき、
いつも薄暗い裏通りの路地を思い出す。
そこに寄せ集められたがらくたは、
寄せ集められた悲しみそのもののようだった。


君に伝えたいことはきっと、
そんなにも単純なことなのに。
けれどきっと、伝わらない。


誰かを許すなら、それよりも先に自分を許せ。
誰かに与えるなら、与えられた喜びを知ったものを。


君の瞳が悲しいから、それに写る自分も悲しくなるのだと
だから君のやさしさを、誰も受け取ってくれないのだと

君に伝えられないことが、寂しい。

車窓から見えた遠ざかっていく街は

別れる時はいつも、またそのうちに会えるかのような、淡白なさよならを言った。

だから、去り際に感極まって泣きだしてしまう誰かを、まるで遠い世界の人間のようにぼんやりとただ眺めた。
そうして涙は、いつだって流れなかった。

そうやって別れから目を背け続けては、人との繋がりからも遠ざかっていった。
泣いていたその人はきっと、私よりも強かった。


いつか見たその絵を忘れることができない。

褪せたようなその色彩と、淡い輪郭。
まどろんでいるようだ、と思う。
懐かしくて涙を流した夢、
けれど目覚めた時にはもう忘れてしまった夢に似ている。

そしてその絵の、遠景。
私はそればかりを見ていた。
ここではないどこかに行きたかった。
遠い、霞の中に美しく見える、現実味のない場所に行きたかった。そうして私自身を淡さの中で消滅させてしまいたかった。


誰かが側にいることが嬉しかった。
けれど同時に去られることへの恐れが付きまとった。
そうしてひとりで佇むことを夢見た私を、誰かが叱ってくれることを、知らずに望んで。