選ばれなかった私に。

たまった思いを淡々と。

君が泣くのを見たかった

もっと悲しい空を、見た気がする。



まるであつらえたように、君には悲しみがよく似合う。



甘いものを食べれば楽になると、
教えてくれたことは救いだった。
ただ摂取することでしか紛れることがないのなら、
それは理性の領域ではないのだろう。


何千年も昔、
本能しか持っていなかった進化のはじめの人間にも
きっと悲しみはあった。


誰かの死を悼んだり、罪悪感に蝕まれたり
そんなことではなく
食べるものがないとか
単純で利己的で致命的な理由で。


時が経つにつれて
人間は理性と社会を手にいれて
こんなに複雑になった世界で、
感情さえもそれに倣う
理性で細分化された悲しみに、
君は振り回されては君を責める


でも
悲しみは
理性ではどうしようもないから
些細なことで悲しむことは
君のせいでは、ない。
それは君の内臓と一緒で
知らない意志で動いているから
それが自分の弱さだと思わなくても、いい。



夕暮れの横断歩道の前で君は、
点滅する信号機をぼんやり見ていた
足早に渡っていく人の後ろで
途方にくれたように君は立ち止まり、
渡ることを諦めた。
君には急ぐ元気も
理由もなかった。
今日のような明日が永遠に続いていくことに
君は静かに絶望していた



立ち止まっても誰も気付かないことが
君を苛みも救いもする
君が見ていた向こう側の景色を
どう感じたのか君が言わなければ誰も知らない
口に出しても仕方のないことならせめて
開き直って誰かのせいにしてしまえばいい。




空が悲しいくらい綺麗だった
君はまた無理をして笑った。

言えなかったごめんもさよならも

ちかちかと点滅するウィンカーの音を、助手席で聞くのが好きだった。
黙ったままで、ぼんやりと窓の景色を眺めて、君には目を向けずに。


いまここで、こんな風に何気なく存在していることを不思議に思う
かつての分岐点で、ひとつでも選ばなければここにいなかった自分のことを。
もしかしたら歩道を歩いていた
もしかしたらあのマンションで洗濯物を干していた
あるいはあの人の場所は自分の場所だった

君になんて出会わなかった。


遠い日に何度も繰り返し聞いた曲を、ふと懐かしく思い出しても
曲名さえ忘れてしまったから、もう聞けなかった


人にやさしくなりたかった私がその曲を聞いて泣いたことを
誰にも話さなかったのは、
そんなことに他人が興味を持つと思えなかったから。
なのに君に話した大人になった私は、あの頃よりよっぽど不安定だったね。


君との距離が近くなるほど、
我儘になって高慢になって、
本音を素直に表情に出すことも出来ない
やさしくなりたかった私は、
どうしてか君にやさしくできない


ある日、君のことがとても嫌いだ
君の痕跡を見るだけでも苛々する
ある日、君のやさしさに胸が痛くなる
もっと優しい女の子と付き合ったら君は幸せなのにと申し訳なくなる


君がいない日々に
きっと私はすぐに順応できる
自由さえ感じる
なのに別れることができなかった
手を握った君の温度が、冷え性だった私の手をずっと温めたから


君は
沈黙に怯えてなに考えてるのって聞くけど
自分のことだけを考えていた私は、
君にやさしくしたいのに
なんでもないって素っ気なく答えていた


せめて、
はじめの日と全く同じに、
繋いでくれた手が嬉しいと
伝えることができればよかった。

さよならは聞こえなかった


優しさは、終わりに似ている。


夕暮れの風の匂いに感じた淋しさが好きだった。
最後にたよりなく落ちた葉の行方をいつまでも追っていた。

たとえ死が悲しみでも痛みでも、すべてから解放される救いだと信じたがった。
死んだら星になるのだという綺麗な言葉を、はじめから信じられなかったのは、星に縛り付けられて、永遠に世界を見下ろさなければならなくなった孤独を想像したから。



仕事が辛いよ、人間関係にうんざりするね、分かってたけど。
あんなに苛々して誰かにあたった最低な君でも、辞めますって言ったときから、人にやさしくなれたんだね。



始まりと終わりを何度も繰り返しては、苦しみと救済を何度でも味わう。
いつからかその間隔が短くなっていたことに気付いたときには、
永遠という言葉を痛いねって言いながら
それでも、ふとした瞬間にその言葉を呟きたくなる自分をもてあましている。


雨上がりの澄んだ空の色そのままの、鏡のような水たまりには、自分を映したくなかった。
美しさはいつだって外側にしかなかったから。
だから君をひとりにしたってへいきだって、安心して終われる気がした。
だって誰かがいてもいなくてもきっと、美しさは変わらずに君を慰める。


あぜ道の端に咲く彼岸花を、ずいぶん久しぶりに見た。
首飾りはいつも上手に作れなかったのに、それほど悔しいと思えなかった君は、花で遊ぶような幼いころから、諦めと受容の違いを見失っていたね。

夏が好きだって言った冬の私に

夏には秋の涼しさを思い、
秋には冬の寒さに怯えて、
いつだって先のことばかりを気にしては、今を忘れた。

憐れんだのは君。
それは純粋な優しさで、
だからこそ消えてしまいたくなるから、最悪だね。

太陽の光が水面に反射して、それは完璧な夏の日。
そんなふうに完璧でありたかった、せめてそう見えていれば。
中途半端な私の姿勢が、
なにもかもを台無しにして、
いつかそれさえ忘れられる。

何がしたいのって君に聞かれて、
答えられないのは、
辛いよ。

聞き返して君に完璧に答えられるのが、怖かった。

さよならと笑顔で手をふりながら、
もうちょっと一緒にいたかったなあなんて言いながら、
ようやくひとりになれる安堵を感じていたなんて言えない。

田舎の向日葵はほとんど野生化して、大きすぎて不気味だ。

もう夏なんて終わってよ、
せめて秋なら。

誰のせいでもないあの虚しい音は

お弁当を作るだけで1時間もかかるなんて、この先やっていけるだろうかと、くだらないことを考えては憂鬱になる。
いつだって要領は悪くて、愛想でなんとかしようとしてきた私だから、張り付かせてきた笑顔だけは自信があるなんて、自慢にもならないね。
他人の目がなければ笑顔なんてなんの役にも立たなかった。
結局さいごは誰かに甘えて頼ってきた自分のことが浮き彫りになって嫌になるよ。
こんなに静かで冷蔵庫の音しか聞こえない夜は。


昔、お菓子を上手につくれたことが嬉しかった。
昔、君が手を繋いでくれたことが嬉しかった。

なんの迷いもなくそれが幸せだと思っていたことはもう、昔のはなし。

今だって嬉しいよ、
でも、
だから?って心のなかで呟く声が聞こえだしてからは、もうだめだった。

明日には嫌なことがあって、
せっかくのこの高揚した気持ちもいつか萎んで、
それを永遠に繰り返して生きることにうんざりするねって、
嬉しい瞬間にそんなことも同時に思う。

こんな気持ちはふと去来したものなのだろうか?
いつかまた、ふと消えて、
純粋に喜びを感じることができるだろうか。

どうして先のことまでネガティブに考えてしまうのだろう、そんなの効率も悪いのに。

君が、そんな風に思わなければいい。こんな虚しさを味わっていなければいい。
だから私の気持ちなんて、ずっと分からなければいい。
冷たいねって君は言うかもしれないけれど。

また飲みにでも行こうよって君は

去っていく日の空は、訪れたはじめの日の色に似ていた。
がらんとした白い光の差し込む部屋で、まるで夢のようにぼんやりとしたままで、いつの間にか始まって、そしてふと終わっていった。


終わりにしたのは私。
けれど、また否応なしに
きっと日常に飲み込まれる。


また会おうねと何度も言って会わず
何年かたてばもう
会うには遅すぎるね。


降り立ったはじめの時から見えたその白いタワーは、
いつもこの街の中心であり続け、
なにもかもを見届ける。
その白さの中に、かつて雑踏に怯え、それでも期待に満ちて見上げたあの頃の私を思い出す。


細胞がひとつずつ生まれ変わって
もうあの頃の自分とは
まったく変わってしまったのかもしれない。
人が多いところでも
今ではぶつからずに歩ける。
でも、
遅れる電車に毒づいたりもするようになった。

夕焼けが綺麗だと思うことは変わらないけど、空を見上げることはいつしか減っていった。


自分の心すら同じではいられないなら、
他人の心が移り気なことはもう
どうしようもない。


いつだって戻っておいでよって
君が書いた手紙を、
もう戻る気はなくても
君がもう忘れてしまっていても
幾度も読み返しては涙したことを、
君に最後に伝えられたらよかった。

言葉はいつか消えてしまう

誰かの目をしっかりと見れるのは、仕事の時だけ。
初対面の人と話すのはとても楽だった。聞けることがたくさんあるから。
2回目以降からどんどん話題がなくなって、気まずくなるのが常だった。


君の話をしてよ、って私は思う。
いつだって思う。
私には語れるものが何もなかったから。


周囲を気にして、言いたいことを飲み込んで、
そうしていつからか、言いたいことさえ消えてしまっていることに気づいた。
口から出る言葉はあたりさわりのないものばかりで、
私がそれを言う必要なんて、
ほんとうはまるでない。


あるとき心を伝えようと口を開いて、なのにいつしか言葉は死んでいって、陳腐なものになるのだった。


自業自得だって、君は言うかな。


何もかも受け入れることがやさしさだと、そんなふうに勘違いして聞き役を演じては、他人に任せきりにしてきた罰だよって。


さよならと最後に笑って、
もう それで終わりでよかった。

今日は楽しかったよありがとうってメールはいらないと、
けれど言えない私はずるいね。


連絡手段なんてなくてよかった。


1度会ったきりで、
また会いたいって思いながら、
2度と会わずにいられたらよかった。


いつか見た海の話を、君はしたのだった。
曇り空の下で鉛色に輝く水面のことを。
遠くから眺めるなら、いつだって綺麗に見えるのだと
君はすこし笑った。